私が瞑想をすすめるただ一つの理由

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私が瞑想をやっていることを人に話すと、「宇宙とつながったりするの?」とか「光に包まれたりするの?」という反応が時々あります。

もちろん、瞑想によってそういったいわゆる神秘体験をする人もいるかもしれませんし、瞑想のやり方や目的は人によっていろいろあると思います。

私の中では、瞑想はほぼある一つの目的に絞られています。

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ヴィパッサナー10日間コースにはじめて参加して以来、私の瞑想歴は約3年になります。

日常でも瞑想を続けるようになってからは、まだ1年半ほどです。

1年半で瞑想の何がわかる、と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、私は自分の経験から、瞑想の経験年数と瞑想の内容は必ずしも比例しないと思っています。

瞑想関連の本(「呼吸による癒し」など)やエックハルト・トールなどのスピリチュアルリーダーの本、あるいは瞑想の内容について人と話した印象などから、私の瞑想はある程度のレベルまで到達しているという実感があります。

 

私にとって瞑想は、「思考からの解放」。

このひと言に尽きると思っています。

 

私の日常の瞑想は、簡単に言うと、空っぽの状態で今に気づき続ける、ということをひたすらやっています。

空っぽの状態というのは、つまり、思考から解放されている状態です。

 

この状態は、いわゆる「空」(くう)の実感にもつながります。

思考や感情を自分だと思いこんでしまっている同一化の状態から、思考や感情から解放され、自分とは常に今ここにあって、常に今に気づき続けている空っぽの意識なんだということに気づくこと。

これまでの瞑想経験から、これが「空」の実感だと私は思っています。

 

私の瞑想は、ゴエンカさんのヴィパッサナーを経て、禅僧の山下良道さん主催の一法庵の接心に何度か参加させていただき、現在のスタイルが出来上がっています。

以前は、思考やイメージに翻弄されることもありましたが、ここ一年ほどは、時には思考の勢いが強いときもありますが、基本的には思考から解放された空っぽの状態があたりまえになっています。

 

この「空っぽの状態」を自覚できると、古今東西さまざまな覚者の言っていることがより深く理解できるようになってきます。

つまり、覚醒する(悟る)ためには、何よりもまず思考から解放された空っぽの意識の自覚が必要だということです。

 

本を読んだり、セミナーに参加したり、パワースポットに行ったり、スピリチュアルな能力を開発したり。

人はスピリチュアルな目覚めを求めていろんなことをしますが、私の現段階の理解では、何をどんなにがんばっても、思考から解放されないかぎり、目覚めることはありません。

 

思考からの解放。

 

これは、目覚めるためには誰もが例外なく成し遂げなければならないことです。

そして瞑想は、思考からの解放を培う大変有効な手段です。

 

私が瞑想をすすめる理由はまさにここにあります。

 

瞑想は、「目覚めるために必要な、思考からの解放を培う大変有効な手段」だから。

 

いろいろとやりたいことはあるでしょうが、まず、瞑想してみませんか?

 

 

瞑想関連おすすめ書籍: 呼吸による癒し―実践ヴィパッサナー瞑想

 

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