切迫流産を乗り越えて。令和元年、第二子誕生!

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もう1ヶ月近く前のことになってしまいましたが、我が家では10月に二人目の子が生まれました。

予定日より3週間以上早い出産でしたが、母子ともになんとか無事で男の子が誕生しました。

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今年で4歳になった長女がまだお腹の中にいたとき、不安定な妊娠初期を妻は雪景色のなかでテント生活をしていました。

いま思い返してもとても過酷な状況だったと思います。

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あれから4年。

なんの因果か今回の妊娠期間も、一言では語りつくせない展開が妻を待ち受けていました。

もうじき安定期に入ろうかという妊娠5か月目のある日。

妻がやたらとお腹が張ると言いはじめました。

それまでにも動きすぎるとお腹が張ることはよくあったそうなんですが、立ち上がってちょっと動いただけでも痛みをともなって張るようになってしまったのです。

数日様子を見ても状況は改善されず、いよいよ医者に見てもらうことに。

診断の結果は、「切迫流産」。

「え!流産?」と驚かれる人もいると思いますが、切迫流産とはお腹の赤ちゃんは無事だけど、流産になりそうな状態をいいます。

妻はまだこのとき妊娠5か月目、週数でいうと19週くらいだったのですが、これが22週以降だと「切迫早産」という診断になるそうです。

私も今回はじめて知りましたが、22週が分岐点になっていてそれより前だと流産、それ以降だと早産として扱われるわけです。

つまり、22週以降であれば現代の医療では生き延びる可能性があるけど、22週に満たない状態では母体の外では生きることができないのです。

ちなみに無事に出産できるのは、37週以降といわれています。

切迫の状態によっては即入院というケースもあるそうですが、妻はギリギリ入院はまぬがれ、自宅で安静にするように言われました。

しかし自宅で安静といっても、トイレに行くとき以外は立っても歩いてもダメで基本的に寝たきりですごさなければいけないのです。

妻はこの日から料理や洗濯などの家事全般、車の運転、子供の相手など、それまでの日常生活が送れなくなってしまいました。

さて、これから先どうやって生活していこうか。

妻が寝たきりになるということは、これまで妻がやっていたことをすべて私が引き受けなければ我が家の生活が成り立たないということです。

しかし、私が働きに出ている以上、それはとてもむずかしいことでした。

まず確実に不可能なことは、子供の幼稚園の送迎。

当時、娘はフリースクールのような私設の幼稚園に通っていて、毎日妻が車で送迎をしていました。

そしてもうひとつは夕飯の支度。

休みの日はなんとかなりますが、仕事の日は帰りが夕方6時~7時くらいで、それから食事をつくるとなるととても遅い時間になってしまいます。

これはもう私たちだけでどうにかするのはムリだと思い、応援をお願いすることにしました。

もともと産後に応援に来てくれる予定になっていた義父に妻が事情を話したところ、なんと翌日から来てくれることになりました。

娘の幼稚園の送迎はもちろん、食事の支度、薪で沸かすお風呂など現代的な生活と比べるといろいろと不便な我が家での家事も率先して引き受けてくれました。

おまけにほとんど底をついていた風呂用の薪もコツコツと割ってくれて、私としては本当に助かりました。

切迫流産の診断を受けてから3週間後の妊婦健診。

義父が応援に来てくれたおかげで妻も安静にすごすことができたのか、切迫レベルの指標となる子宮頚管の長さもギリギリ安全な範囲内まで戻り、様子を見ながら動いてもよいということになりました。

絶対安静が解除されたことで、妻も少しずつ動くようになりました。

ところが、これでまた元の生活に戻れる、と思ったのはつかの間。

妻は立ったり歩いたりするとやはりお腹が張るらしく、医者にはお腹が張ったら安静にするように言われていたので、動いても良いと言われたものの、身体がそれを許さない状況。

結局また寝たきりの生活に戻りました。

検診で安静解除になった日に義父はもう帰ってしまっていて、また呼び戻すのも申し訳ないので、今度は私たちだけでこの状況を切り抜けなければなりませんでした。

幸い、まもなく娘の行っていた幼稚園は夏休みになったので、送迎には困らなくなりました。

しかし、私の仕事が休みの日以外はどこにも出かけられず、妻もほとんど寝たきりでは子どもの相手をするのも限界があり、毎日幼稚園で元気に遊んでいた娘にとってはとても退屈。

一方、妻は体調がすぐれない日が多く日中も眠くなり、できればたっぷり昼寝をしたいけど、子供の相手をしていると十分に寝れない。

そんな状況をなんとかするために、妻の提案で私が仕事の日は娘を職場近くの保育園の一時預かりに預けることにしました。

朝も夕方も時間外になるのですが事情を話し、私が出勤前に預け、帰りに迎えに行けるように融通をきいてもらいました。

一時預かりはとりあえず夏休みの期間を予定していましたが、妻の容態は改善されませんでした。

夏休み以降も春から通っていた幼稚園にふたたび通わせるのはむずかしくなり、家から最寄りの保育園に正式に入園させることにしました。

8月の下旬に事情を説明し中途入園ができるのか問い合わせたところ、なんと娘の学年はあと1名で定員だったそうで、急いで手続きを済ませ、なんとか9月からの入園に間に合いました。

一時預かりで行っていた職場近くの保育園の先生との相性も良く気に入っていたので、一ヶ月足らずでまた違う環境に移るのはとてもかわいそうでした。

娘は警戒心が強く、新しい環境に慣れるまでに時間がかかります。

しかも、春からではなく9月からの中途入園。

保育園に通いはじめた最初のうちは、朝預けるときに私に全力でしがみつき、泣き叫び、先生が気をそらしたすきに外へ出た私に気がつき、窓ガラスを何とかしてこじ開けようとしながら、まるで一生の別れのような形相で泣き叫ぶ娘を置き去りにして仕事へ行くのは、本当に胸が張り裂けそうなほど苦しかったです。

幸い、今では友達もたくさんでき、毎日楽しく通っています。

その後も妻の状況は快方に向かうことはなく、結局、妊娠5か月目に切迫流産と診断されてから10月に出産するまでの4か月間、妊娠期間の約半分を人里はなれた山の中の我が家でほとんど寝たきりですごすことになりました。

妻はおもしろそうなイベントはいつもチェックしているし、ママ友と会ったり、いろいろなところに出かけたりするのが好きなので、家でほとんど動けない生活というのはとてもストレスが多かったと思います。

おまけに風呂は母屋からすこし離れたところにあるし、トイレも家の外、検診で外出する必要があっても車に乗るまで山の中の道を200mほど歩かなければならないなど、安静にしなければならないのにそれがなかなかできない我が家特有の不便な環境も、妻に不安とストレスを助長させていました。

私は私で、まだまだ不便で発展途上の我が家の環境整備をすすめて行きたい気持ちはあるものの、忙しくてやらなければならないことが次々とあり、仕事が休みの日も食事づくりや洗濯、布団干しなどの家事の合間に少しでも時間があれば草刈りや薪割りなど日々の生活に必要なことをするのがやっと。

朝から寝るまで一息つく暇もなく、風邪で体調をくずして横になりたいときもゆっくりできる時間はほとんどない状況でした。

心身ともに弱っている妻を思いやり、寄りそってあげる心のゆとりもなく、ときには衝突することもありました。

私も妻も、自分の置かれている状況に精いっぱいだったのです。

もし我が家が、家の前に車がとまり、予約した時間にご飯が炊け、スイッチひとつでお風呂が沸き、冷蔵庫があり、蛇口からいつでもお湯が出るような現代的な暮らしができていたなら、妻も私ももう少し心にゆとりがあったかもしれません。

今回、仕事をしながら炊事や風呂焚きなど我が家の環境でほとんどの家事をひとりでこなしてみて思ったのは、あたりまえだけど家電製品があることでどれだけ家事が楽になるかということ。

夕方、仕事終わって子どもを保育園に迎えに行って、家に帰ってから七輪でごはんを焚きながら、炊飯器のタイマーがどれだけ便利なものなのか、身に染みて実感しました。

そして、こんな環境でいつも家事を頑張ってくれている妻の大変さを、これまで以上に理解できるようになれた、いいきっかけにもなりました。

なかなか時間が取れませんが、少しずつでも便利にしていきたいです。

まあ、そんなこんなでいろんなことがありましたが、なにはともあれ母子ともに無事で出産が成功して、本当によかった!

早産で少し体重が足りなかったり、ほかにもいくつか治療が必要だったりして、妻が退院した後も赤ちゃんだけしばらく入院していました。

その間妻は毎日母乳をあげに病院に通ったり、出産後もいろいろと大変でしたが、先日ようやく退院しました。

妻も娘も赤ちゃんも、みんな本当によく頑張りました。

そして、いろんな人にいろんな形でサポートをしてもらい、本当にありがたかったです。

家族3人がそれぞれいろいろな経験をした4ヶ月間。

親子のきずな、夫婦のきずな、そして家族のきずながまた深まったような気がしています。

何もない山林に夫婦二人とネコ一匹のテント暮らしからはじまり、やがて小屋が建ち、娘が生まれ、そして息子が生まれました。

これからは家族四人とネコ一匹で、この山の中で暮らしていきます。

泣いたり笑ったり怒ったりいろいろなときがあるけど、家族っておもしろいです。

時間がなくてなかなかブログも書けませんが、これからまた少しずつ書いていけたらと思っています。



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コメント

  1. オールドボーイ より:

    ほまれさんへ

    mixiハンドル名、オールドボーイです。
    ブログ拝見しまして、大変だった状況を知りました。

    いやいや、言葉に尽くせない程の厳しい体験をされた事が十二分に伝わり、思わずコメントを要れざるを得ない。。と思いました。

    でも、この世に無駄は無いと言いますので、この度の体験は今後の人生に大いなる布石を残しましたね。
    苦や苦痛は、神様から有難い宿題であり、ある種の試練だったかも知れません。

    然し、其れを乗り越えた貴殿と家族は、大きな力添えと目に見えないですけど、人間としての在り様を鑑みたのかも知れません。

    極めて大切な人生への学びを得て、過去の試練は大いなる教訓として今後の人生に役立つのは言うまでもなく、苦が楽に変貌する事の有難味を十分に感じられたでしょう。
    そして、心身共に享受された事と思います。

    困難を受け入れ、超えた人達の実話は、読み手にも大いなる共感を与えますし、共に宇宙からのエナジーを感じますね。
    少々、大袈裟かも知れませんけど。。生かされている人々への大きな波動として共鳴する事となります。

    いやぁ。。素晴らしい話。。有り難う御座いました。       オールドボーイ

    • ほまれ より:

      オールドボーイさん

      熱量を感じるコメントありがとうございます。

      まさに、一日一日、一瞬一瞬に無駄はないと私も思っています。
      この4ヶ月間は、私たち家族、そして私にとって必要な期間だったのでしょう。

      ただの独りよがりの苦労話ではなく、ブログに書く以上読んでる人も楽しんでもらいたいと思っているので、素晴らしい話と言ってもらえるのはとてもうれしいです。

  2. 津山の百姓 より:

    お久しぶりです。
    更新を目にして読み始めましたが、中々に凄まじい体験談で、眠気が飛ぶほどの衝撃を受けました。
    文章では読みやすくお伝え頂いておりますが、大変だったこと、苦労したことが山のようにあったかと思います。
    しかし、自分から贈らせて頂きたい言葉は「第2子誕生、おめでとうございます!」です。

    • ほまれ より:

      お祝いメッセージありがとうございます。これはノンフィクションですが、読み物としても楽しめるように、感動ストーリーに仕上げております(笑)