何でもない日常を丁寧に大切に生きることが、実は何よりも重要だという話

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朝起きれば、そこにはまた昨日と同じような今日があって、大した変化もなく、ただなんとなく過ぎていく日々。

こうした日常のなかにいると、時に、あまり価値のない時間を過ごしているような気になったり、自分がつまらない人生をおくっているように思えたりすることがあるかもしれません。

しかし、そうした一見何でもないように見える日常のなかには、実はいまの自分にとって必要かつ十分な、気づきのきっかけが散りばめられています。

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私のバイブルとも言える本、「黎明」(葦原瑞穂著)から少し引用します。

誰でも自分の周囲を見渡してみると、自分にとっては日常的な、しかし少しずつ変化している環境があります。それは平凡なものであるかも知れませんし、波乱に満ちたものであるかも知れませんが、現に今、その場所とその仕事、そしてその人間関係の中に自分が存在していると言う事実は、魂が自分の進化のために設定した課題を学ぶために、最も相応しい環境を現象化しているのだと言うことを理解していただきたいと思います。

その人の進化にとっての最短距離は、自分の周囲に起ってくる出来事のひとつひとつをきちんとやっていくことに在るのであって、他に何か特別なものを探したからといって、近道ができるわけではないのです。

黎明<下巻>第22章 日常の生活 より引用

自分が何もステップアップ出来ていないような、何も身についていないような不安感。

もっと何かした方がいいのではないか、もっとあれこれ予定を入れた方がいいのではないかという焦り。

こうした気持ちは、日々の一つ一つの出来事を、「何でもない日常」というフィルターを通して見ることで、軽視してしまっていることが要因のひとつでもあります。

人生の目的は、魂を成長させることだと私は思っています。

そういう視点で一日一日を見たとき、あまり代わり映えのしないマンネリ化した日常でも、あるいは、いろんな出来事があってそれはそれは楽しそうに見える日々であっても、そこには何一つ優劣はありません。

大切なのは、気づき、です。

毎日を、ただなんでもない日常として見るなら、せっかく目の前に用意されている気づきのきっかけを見過ごしやすくなってしまうかもしれません。

どんなにつまらなく、どんなに平凡に見える一日でも、それは今の自分の魂の成長に最適な環境だということを忘れないようにしたいですね。

今、目の前にある現実を積極的に、最善を尽くして生きることで、毎日が輝いて見えてくることが実感できるはずです。

コメント

  1. ちさと より:

    ほんとに~今をしっかり生きるって大切やな~。
    そして、ちゃんと今を過ごせだすと自分が今存在していることの幸福感みたいなのが湧いてくるよね。
    持続していきたいわ~♪

    • Homare より:

      そうだね。今を生きてるだけで無条件に幸福感が湧いてくる。
      逆に、今を生きてると思ってても、その幸福感がなかったら、何かしら思考の旅をしているということだね。